
「次の役員改選で理事長を引き受ける人が誰もいない」
「負担ばかりが増える役員業務に対して、無報酬であることに限界を感じている」
マンション管理組合の運営において、こうした切実な声が現場から聞こえてくることが増えていないでしょうか。 かつては「持ち回り」や「居住者の義務」として自然に成立していたボランティアベースの管理体制が、現在、大きな転換点を迎えています。
(業務増大)
(負担感増)
「2つの老朽化」がボランティア運営を困難にしています
こうした背景の中、役員報酬制度の導入を検討する管理組合が増加しているのは自然な流れといえるかもしれません。 しかし、いざ導入しようとすると「いくらが妥当なのか」「税金の手続きはどうなるのか」「公務員の区分所有者はどう扱えばよいのか」といった複雑な問題に直面し、議論がストップしてしまうケースも少なくありません。
お金が絡む問題は、管理組合内の合意形成において最もデリケートなテーマの一つであり、慎重な進め方が求められるからです。
標準管理規約に基づく適正な金額設定とは。
源泉徴収やマイナンバー管理の実務的負担。
反対意見を想定した「持続可能な仕組み」の提案方法。
単なる金額の決定だけでなく、管理組合の将来を守るための「持続可能な仕組み」をどう構築するかという視点で、これから順を追って解説していきます。
役員報酬制度の導入が検討される背景となり手不足の構造的要因
なぜ今、多くのマンション管理組合で役員報酬制度の導入議論が活発化しているのでしょうか。 その背景には、個人の事情を超えた、マンションという居住形態が抱える構造的な変化が存在しています。
高齢化と非居住者増加による管理機能の限界
最も深刻な要因として挙げられるのが、区分所有者の人口動態の変化です。 国土交通省の調査等が示すように、築年数が経過したマンションほど世帯主の高齢化が顕著に進む傾向にあります。
(体力・判断力の低下)
(修繕課題の複雑化)
さらに「不在オーナー(非居住者)」の増加が、現場の負担感を加速させています。
高齢化により「やりたくてもできない」層が増える一方で、資産運用のために所有する「非居住者」は物理的な距離もあり関与しづらい側面があります。 その結果、実際に住んでいる少数の居住者に負担が集中し、不公平感が増幅されているのが実情です。
ボランティア精神に依存した運営体制のリスク
日本のマンション管理は長らく、区分所有者の「善意」を前提とした無償ボランティアモデルによって支えられてきました。 しかし、共働き世帯が一般化した現代において、現役世代の時間は極めて希少なリソースとなっています。
専業主婦層の厚みや終身雇用による安定した生活サイクルが、地域活動への参加を支えていた。
共働き・高齢化で「時間」と「体力」が不足。専門知識を要する業務も増え、責任だけが重くなっている。
責任と対価の不均衡が招く「管理不全」
給排水管の更新や耐震化など、専門知識と巨額の予算判断を要する業務が増加する中で、ボランティア役員が負うべき法的・実務的責任は肥大化しています。 「責任は重いが、対価はない」という状況では、優秀な人材ほど就任を回避しようとするでしょう。
対価を支払うことで、業務に対する責任感を醸成しやすくなる。
「ただ働き」の負担感を軽減し、特定の個人への依存を防ぐ。
正当な評価を示すことで、意欲ある人材が手を挙げやすい環境を作る。
役員報酬制度は、こうした構造的なリスクに対する一つの解として、業務に対する正当な評価と責任の所在を明確にするために検討されるのです。
役員報酬の月額相場と実効性のある金額設計の目安
役員報酬制度を具体化する際に、最も大きな論点となるのが「金額設定」です。 安すぎればインセンティブとして機能せず、高すぎれば「管理費の無駄遣い」との批判を招きかねません。 ここでは、市場の実態調査に基づいた相場観と、納得感のある設計を行うための考え方を整理します。
理事長・役員ごとの平均的な報酬額データ
報酬額を決定する際は、近隣の相場や同規模のマンションの事例を参考にすることが、合意形成の第一歩となります。 各種調査データを統合し、定額制(月額固定)を採用している場合の平均的な水準を以下に整理しました。
定額制と日当制の使い分け戦略
金額だけでなく、どのような形式で支払うかも重要な設計要素です。 それぞれのマンションの事情に合わせて選択する必要があります。
継続的な責任感を維持しやすい。
「ノーワーク・ノーペイ」で納得感が高い。
報酬の財源はどうする?確保の現実的な選択肢
年間数十万円規模になる報酬総額の「財源」をどこから捻出するかも課題です。 最も健全なのは管理費会計の剰余金ですが、余裕がない場合は他の選択肢を検討する必要があります。
管理費会計とは別に計上されている使用料の一部を充当する。
管理会社への委託業務の一部を理事が引き取り、浮いた費用を原資にする。
役員辞退者から「協力金」を徴収し、それを報酬原資に充てる循環型モデル。
報酬制度を導入するメリットと懸念されるデメリットの比較
役員報酬の導入は、管理組合運営に劇的な変化をもたらす可能性がありますが、それは必ずしもプラスの側面だけではありません。 金銭が介在することで、これまで見えなかった人間関係の歪みや意識の対立が顕在化するリスクも孕んでいます。
導入の是非を判断するためには、メリットとデメリットを冷静に比較し、自マンションの風土に合うかを見極める必要があります。
責任感の向上と不公平感是正による運営の安定化
まずは、報酬制度導入によって期待されるポジティブな効果について見ていきましょう。 最大の目的は、なり手不足の解消と、業務の質を担保することにあります。
対価があることで「仕事」として割り切りやすくなり、現役世代も引き受けやすくなる。
「報酬を受け取る以上は」という意識が働き、理事会への出席率や業務品質が向上する。
特定の人に負担が偏る状況でも、対価によって精神的な不満を緩和できる。
自分たちの財布から報酬を出すことで、管理会社任せにしない意識が芽生える。
管理費会計への負担増と住民間の意識の対立
一方で、導入には慎重な検討を要するネガティブな側面やリスクも存在します。 特に金銭負担とコミュニティの変質は、一度導入すると後戻りが難しい課題です。
固定費が増加し、小規模マンションでは将来的な管理費値上げの要因になり得る。
「金をもらっているのだから全部やれ」というお客様意識を助長し、自主性が失われる恐れがある。
善管注意義務のハードルが上がり、トラブル時にプロ並みの厳しい責任追及を受ける可能性がある。
管理への関心が薄く、報酬のみを目当てにした人物が立候補するリスク。
導入の是非を分ける「合意形成」のポイント
このように、報酬制度は「諸刃の剣」としての側面を持っています。 導入にあたっては、「金で解決するのか」という感情的な反発を想定し、ロジックを立てて丁寧な合意形成を図ることが不可欠です。
作業時間ではなく、法的責任を負うことへの対価であると定義する。
なり手不足による管理不全を防ぐための「必要経費」であると訴える。
報酬に見合う活動報告を義務付け、ブラックボックス化を防ぐ仕組みを作る。
導入時にクリアすべき税金の問題と管理規約の改正手続き
役員報酬制度を導入する際、実務面で最も複雑かつトラブルになりやすいのが「税金」と「規約」の問題です。 単にお金を渡して終わりではなく、適切な税務処理を行わなければ、後々、管理組合が追徴課税を受けたり、役員個人が申告漏れを指摘されたりする事態になりかねません。
また、管理規約という法的な根拠を整備せずに支出を行えば、横領や権限外行為として訴訟リスクを抱えることになります。
雑所得としての確定申告ルールと源泉徴収の義務
まず理解すべきは、役員報酬の所得区分です。管理組合と役員の間には雇用関係がないため、原則として「給与所得」ではなく「雑所得」として扱われます。
受け取る側は、給与以外の所得が年間20万円以下であれば所得税の確定申告は不要ですが、住民税の申告は必須です。 そして、管理組合側として最も注意すべきなのが「源泉徴収」の有無です。
一般的な居住者が対象。
そのまま支払ってOK。
海外在住オーナー等。
20.42%の徴収義務発生。
標準管理規約に基づく細則策定と総会決議の要件
役員報酬を適法に支払うためには、管理規約における明確な根拠が必要です。 現在の規約状況によって、導入に必要な決議のハードルが異なります。
「管理規約の改正」が必要。
特別決議(3/4以上の賛成)が必須となりハードルが高い。
「報酬細則の制定」のみで対応可能。
普通決議(過半数の賛成)で可決できるためスムーズ。
トラブルを防ぐための細則記載事項
「別に定める」として細則を作る場合、曖昧さを残さないことがトラブル回避の鍵です。 特に「辞退」や「欠席」に関する規定は、公平性を保つために不可欠です。
役職ごとの月額、または1回あたりの日当額を明記。
半期ごと、任期満了時など、支払いの時期と方法(振込等)。
理事会を欠席した場合の減額ルール(ノーワーク・ノーペイ)。
公務員が役員に就任する場合の法的制約と実務上の対処法
大規模なマンションであれば、区分所有者の中に公務員が含まれている確率は決して低くありません。 輪番制などで公務員に役員の順番が回ってきた際、必ず浮上するのが「副業禁止規定(兼業禁止規定)」との兼ね合いです。
「公務員だから報酬は受け取れない」「役員そのものを引き受けられないのではないか」といった疑問に対し、法的な解釈と現実的な落としどころを整理します。
国家公務員法・地方公務員法における兼業禁止規定の解釈
公務員は法律により、営利企業の役員兼業や、報酬を得て事業に従事することが厳しく制限されています。 しかし、マンション管理組合の役員就任自体は「営利企業の役員」には該当しないため、無報酬であれば基本的に許可は不要であり、禁止もされていません。
→ 原則、許可不要で就任可能
→ 法律上の「兼業」に該当する可能性
→ 任命権者の許可が必要
「報酬」と「実費弁償」の境界線
問題となるのは「報酬を得て」従事する場合です。ここで重要になるのが、「報酬」と「実費弁償」の区別、そして「社会通念上相当」という基準です。 交通費や通信費などの実費のみを受け取る場合は「報酬」には当たらず、許可申請も不要とされるのが一般的です。
また、年額数万円程度や1回数千円の日当程度であれば、実費弁償的な性格が強いとして、届出や簡易な許可で済むケースが多い傾向にあります。 逆に、月額数万円を超えるような高額な報酬設定の場合、「営利的な副業」とみなされ、許可が下りない可能性が高まります。
報酬辞退や許可申請による現実的な解決策
実務上、公務員の方が役員に就任する際には、トラブルを避けるためにいくつかの対応パターンがあります。 管理組合としても柔軟な対応ができるよう準備しておくことが望まれます。
「報酬辞退」を選択するのが最も確実です。多くの管理組合では、報酬細則に「辞退規定」を設けています。これを利用すれば、兼業許可申請などの手続きは一切不要となります。
所属部署への「兼業許可申請」が必要です。管理規約、報酬規定、活動内容がわかる資料を添えて人事担当へ申請します。審査に時間がかかる場合があります。
規約で「役員は区分所有者またはその配偶者」と定められていれば、公務員である本人の代わりに配偶者が就任することで、兼業規定の問題を完全に回避できます。
報酬細則に「辞退」の手続きを明記しておく。
「報酬辞退届」のひな型を用意し、スムーズに対応できるようにする。
兼業申請に必要な「依頼書」や「活動証明」を理事長名で出せるようにしておく。
報酬だけで解決しない場合の第三者管理や協力金という選択肢
役員報酬制度を導入しても、なお「なり手がいない」という状況が改善しない場合、あるいは報酬額を巡って合意が得られない場合もあります。 そのような膠着状態を打破するために、報酬制度とは異なるアプローチとして「協力金制度」や「第三者管理方式」を検討する必要が出てきます。
役員辞退者から徴収する協力金制度の運用と注意点
「協力金」制度とは、役員就任を辞退する者から金銭を徴収し、引き受ける人への報酬原資などに充てる仕組みです。「アメ(報酬)」ではなく「ムチ(負担金)」によるアプローチといえます。
「やりたくない人はお金で解決」という選択肢を提示し、不公平感を金銭的に調整する。
月額2,000円~5,000円程度。高額すぎると「公序良俗違反」とみなされるリスクあり。
「お金さえ払えば義務を逃れられる」という風潮を助長し、コミュニティの空洞化を招く恐れがあります。あくまで「負担の分担」という建付けが重要です。
外部専門家に委託する第三者管理方式とのコスト比較
内部の人材だけで管理組合を運営することが物理的に不可能な段階に至った場合、「第三者管理方式」への移行が最終的な選択肢となります。 これは、管理会社やマンション管理士を「管理者」として選任し、運営権限を委ねる方式です。プロによる運営は安心ですが、コスト面では大きな違いがあります。
👇 方式名をタップしてコストの変化を確認
また、管理会社が管理者となる方式では、「お手盛り発注」により修繕工事費等が割高になる利益相反リスクも指摘されています。 まずは内部人材の活用を最大限試み、それでも維持困難な場合の「最後の手段」として検討すべきでしょう。
最終的な選択:「汗をかく」か「お金を払う」かの決断
結局のところ、どの制度を選択するにしても、「誰かが汗をかくか、それともお金で解決するか」というトレードオフからは逃れられません。 大切なのは、現状の課題を先送りにせず、自分たちのマンションの体力に見合った持続可能なルールを、今のうちに作り上げておくことです。
役員候補となる居住者の人数と、将来の減少予測を確認する。
「辞退」を認める条件と、その対価(金額)の妥当性を議論する。
第三者管理に移行した場合のコスト増をシミュレーションする。
まとめ:未来の資産価値を守るための決断
ここまで、役員報酬制度導入の背景から具体的な金額設計、そして直面する法的・税務的な課題について詳細に検討してきました。 マンション管理における「なり手不足」は、もはや一過性の問題ではなく、日本の人口構造の変化に伴う不可避な課題といえます。
「誰がやるか」で揉め、不公平感が蔓延。
「どんな条件なら担えるか」をルール化し、持続可能な運営へ。
住民の声から見る「導入のリアル」
役員報酬制度は、この課題に対する万能薬ではありませんが、硬直化した管理体制に風穴を開ける有効な「第一歩」となり得ます。 実際に議論を始めた管理組合からは、様々な立場の声が上がっています。
「正直、休日にボランティアで時間を取られるのは辛い。月1万円でも報酬があれば、家族にも説明がつくし、責任を持って取り組もうという気になります。」
「お金がかかるのは痛いですが、管理がおろそかになって資産価値が落ちる方がもっと怖い。しっかりやってくれる人には対価を払うべき時代だと思います。」
「私が理事長だった時は完全無償でしたが、今の若い人に同じ負担を強いるのは酷。時代に合わせてルールを変える勇気が必要だと感じています。」
理解度チェック!導入クイズ
今回の解説内容を振り返るためのクイズです。タップして答えを確認しながら、重要なポイントを再確認しましょう。
Q1役員報酬の一般的な財源として最も適切なのは?
修繕積立金を充当するのはNGです。余裕がない場合は、役員辞退者からの協力金などを充てる方法もあります。
Q2公務員が報酬を受け取る場合に必要な手続きは?
無許可で報酬を得ると法律違反になります。面倒な場合は「報酬辞退」を選択するのも一つの手です。
Q3役員報酬を受け取った個人の税務申告は?
ただし給与所得者は、雑所得が年間20万円以下なら所得税の確定申告は不要です(住民税の申告は必要)。
Q4報酬制度を導入するために必要な決議は?
現在の規約に報酬規定がない場合は「3/4以上の賛成」が必要。規定がある場合は細則制定(過半数)で可能です。
まずは「アンケート」から始めよう
導入に向けた道のりは平坦ではありませんが、まずは「アンケートによる現状把握」という小さなステップから始めてみてはいかがでしょうか。 住民の生の声を数値化することは、感情論になりがちな議論を建設的な方向へ導く羅針盤となります。
「いくらなら引き受けるか」「いくらなら払えるか」を無記名で調査する。
本記事の内容や他マンションの事例を理事会で話題にする。
マンション管理士等に、自マンションに適した制度設計を相談する。
管理組合の運営とは、突き詰めれば「自分たちの資産価値を自分たちで守る」という営みに他なりません。 今こそ、旧来の価値観にとらわれず、自分たちのマンションに最適な管理の形を再定義する勇気を持つべき時が来ているのです。