
物価は上がるのに、積立金は増えない。なんだか損をしている気がして…。
インフレ時代において「何もしないこと」は「資産を減らすこと」と同じ意味を持ち始めています。
かつてのデフレ経済下であれば、元本が保証された銀行預金に資金を寝かせておくことこそが、資産を守るための「正解」でした。 金利はつかなくとも、物価が上がらない以上、お金の価値は変わらなかったからです。
しかし、私たちは今、過去数十年経験したことのない経済の転換期に立たされています。 建設資材価格の高騰、人手不足による人件費の上昇、そして容赦なく押し寄せるインフレの波。 これらの要因は、私たちが銀行口座に積み上げてきた現金の価値を、実質的に、そして確実に目減りさせています。
高騰
預金の金利が「工事費の値上がり(インフレ)」に追いつかないため、
通帳の金額は変わらなくても、できる工事が減っていきます。
「何もしないこと」が最大のリスクになり得る時代において、管理組合はどのように虎の子である修繕積立金を守り、増やしていけばよいのでしょうか。 焦るあまりに「利回り」という言葉に魅了され、投資信託や複雑な金融商品に手を出した結果、取り返しのつかない損失を被る事例も後を絶ちません。
通帳に「1億円」あっても、実質的な価値(買える工事の量)は
3000万円分も目減りしているのと同じです。
それは単なる資金の損失にとどまらず、住民コミュニティの崩壊や訴訟トラブルという「地獄」への入り口でもあります。 本記事では、インフレ時代における修繕積立金の運用について、国土交通省のデータや実際の失敗事例、そして法的な観点から徹底的に分析します。 なぜ多くのマンションで資金不足が起きるのか、投資信託にはどのような落とし穴があるのか、そして「元本保証」と「流動性」を確保した現実的な選択肢は何なのか。 大切な資産を守り抜くために、今、理事が知っておくべき判断基準を一つひとつ整理していきましょう。
修繕積立金は住民全員の共有財産です。元本割れリスクのある商品(株や投資信託)は規約で禁止されているケースがほとんどです。
万が一銀行が破綻しても全額保護される「決済用預金(利息ゼロ)」の活用も、リスクヘッジの一つです。
「すまい・る債(住宅金融支援機構)」や「定期預金」など、元本確保型で少しでも有利な運用先を探しましょう。
インフレと工事費高騰で修繕積立金が不足してしまう構造的要因とは
物価が上がっているのに、積立金は増えない。なんだか損をしている気がして…。
インフレ時代では「現金の価値が目減りする」という静かなる緊急事態が進行しています。
多くのマンション管理組合にとって、修繕積立金の不足はもはや「対岸の火事」ではありません。 国土交通省が実施した「令和5年度マンション総合調査」によれば、現在の長期修繕計画に対して積立額が不足しているマンションは、全体の36.6%に達していると報告されています。
約4割のマンションが資金不足という数字だけでも十分に衝撃的ですが、専門家の分析によれば、現実はさらに厳しい可能性があります。 なぜなら、この「36.6%」という数字は、あくまで既存の計画に基づいた表面的な数値に過ぎないケースが多いからです。 もし、近年の劇的な工事費上昇や、インフレによる将来コストの増加を厳密にシミュレーションに組み込んだ場合、実質的な資金不足リスクを抱える管理組合は80%を超えるとも推計されているのです。
止まらない工事費高騰と「現金の目減り」リスク
では、なぜこれほどまでに資金が足りなくなるのでしょうか。その最大の要因は、急激なインフレと建設業界特有のコスト構造の変化にあります。 「建設工事費デフレーター」という指標をご存知でしょうか。これは建設費の物価変動を示す指数ですが、近年この数値は右肩上がりを続けています。
通帳に「1億円」あっても、実質的な価値(買える工事の量)は
3000万円分も目減りしているのと同じです。
資材価格の高騰に加え、深刻な人手不足による労務費の上昇が、工事費を押し上げているのです。 ここで恐ろしいのは、私たちが積み立てている現金の「購買力」が低下しているという事実です。 この構造的な変化を直視せず、従来の感覚で「足りなくなったらその時考えればいい」と先送りにすることは、将来の管理不全を約束するようなものと言えるでしょう。
「段階増額積立方式」の罠と将来的な負担増のリスク
修繕積立金不足を加速させるもう一つの構造的な要因が、新築分譲時に設定される「段階増額積立方式」です。 初期の修繕積立金を意図的に低く設定し、数年ごとに徐々に値上げしていくこの方式は、購入者の月々の支払額を安く見せるための戦略として利用されています。
| 方式 | 均等積立方式 | 段階増額積立方式 |
|---|---|---|
| 仕組み | 30年間の総額を均等に割る。 ずっと一定額。 |
数年ごとに徐々に値上げ。 最初は安い。 |
| 特徴 |
メリット 資金計画が安定しやすい。 |
メリット 購入時の初期負担が軽い。 |
| リスク |
デメリット 当初の徴収額が高くなる。 |
デメリット 将来の負担が数倍になる。 値上げ決議が否決されやすい。 |
いざ値上げのタイミングが訪れても、昨今の物価高騰で家計が苦しい中、総会での合意形成は難航します。 値上げ案が否決されれば、積立金は当初の低い水準のまま据え置かれ、計画との乖離は年々拡大していきます。
築30年で訪れる「第三回大規模修繕」の衝撃
修繕積立金の不足が、管理組合にとって「処理不能な現実」として表面化するのが、築30年前後のタイミングです。 この時期には、建物の機能を維持するための根幹に関わる設備更新が、一斉に必要となるからです。
これまでの積立ペースでは賄いきれず、
一戸あたり150〜200万円の「一時金」
を請求される事態になりかねません。
年金生活の高齢世帯に高額な一時金を求めるのは現実的に極めて困難です。 結果として必要な工事ができず、建物は急速に老朽化し、スラム化への入り口となってしまうのです。
利回り追求の投資信託や国際分散投資が招く「地獄」の実態
「貯蓄から投資へ」って時代だし、何もしないよりマシな気がする…。
管理組合の資金運用でリスクを取ると、お金だけでなく人間関係まで崩壊する「地獄」を見ることになります。
資金不足への危機感から、管理組合の一部では「運用で資金を増やそう」という議論が持ち上がることがあります。 しかし、マンションの修繕積立金運用において、安易な利回り追求やリスク性資産への投資は、取り返しのつかない事態を招く危険性を孕んでいます。
過去には、高利回りを謳った債券や株式投資信託に投資し、市場の暴落によって巨額の損失を出した悲惨な事例が現実に存在します。 個人の資産運用とは決定的に異なる制約条件があることを理解しなければなりません。
元本割れによる損害賠償と住民コミュニティの崩壊
運用失敗がもたらす最大の影響は、単なる「お金の損失」だけにとどまりません。 それ以上に恐ろしいのが、管理組合内部の人間関係の完全な破綻と、コミュニティの崩壊です。
もし、理事会の主導で購入した投資信託が暴落し、数千万円の含み損が発生したとしたら、「誰が責任を取るんだ!」という怒号が飛び交うことになります。 最悪の場合、理事個人への損害賠償請求訴訟にまで発展し、修復不可能な亀裂が生じます。
資金不足が招く「負動産化」と「法的措置」の泥沼
また、「運用失敗で資金が足りない」という事実は、マンションの物理的な劣化や法的な泥沼化を招きます。 実際に起こり得る典型的な2つのケースを見てみましょう。
資金不足で給排水管の更新工事が見送られ、漏水事故が多発。 カビや異臭が常態化し、売るに売れない「負動産」化が急速に進行してしまう。
不足分を補うために「一時金」を徴収しようとするも、払えない世帯が続出。 隣人だった住民を相手に競売請求などの法的措置を取らざるを得なくなり、コミュニティが疲弊する。
為替リスクと工事時期のミスマッチが致命傷になる理由
「国際分散投資」は個人の資産形成では王道ですが、管理組合にとっては致命傷になり得ます。 その理由は、「通貨のミスマッチ」と「資金需要の硬直性(使いたい時期が決まっていること)」にあります。
リーマンショック級の危機で資産価値が30%ダウン
雨漏りや故障が発生中。
今すぐ現金が必要。
結果:最悪のタイミングで売却(損切り)し、損失が確定する。
個人のように「相場が回復するまで10年待とう」という判断ができないのが、管理組合の運用の難しさです。 この「使いたい時に暴落しているかもしれないリスク」こそが、投資信託が推奨されない決定的な理由です。
修繕積立金は「必ず使うお金」です。増やすことよりも「減らさないこと」を最優先にしましょう。
工事費の支払いは日本円です。為替リスクのある商品は、管理組合の運用には不向きです。
住宅金融支援機構が発行する債券など、公的で安全性の高い運用先を検討しましょう。
元本保証と流動性を確保する安全な運用先はどれを選ぶべきか
じゃあ具体的に、安全で少しでも有利な商品って何があるんですか?
この条件を満たす最強の候補が2つあります。
ここまでのリスク分析を踏まえると、管理組合の資産運用において最優先されるべき「鉄則」が見えてきます。 それは、「安全性(元本保証)」と「流動性(換金性)」の絶対的な確保です。 修繕積立金は投機的な資金ではありません。元本を絶対に減らさない原則を守りつつ、インフレに対抗できる現実的な選択肢を検討しましょう。
住宅金融支援機構「マンションすまい・る債」のメリット
安全性と利回りのバランスが取れた運用先として、現在多くの管理組合で最も推奨されているのが、住宅金融支援機構が発行する「マンションすまい・る債」です。 国の認可を受けた法人が発行するため、信用力は国債に準ずるレベルです。
- 高めの金利:メガバンクの定期預金を大きく上回る利率。
- 中途換金OK:発行から1年以上なら、修繕工事のための換金手数料なし。
- 公的な安心感:住宅金融支援機構が発行。
特に、適切な維持管理を行っている「管理計画認定マンション」には金利の上乗せ特典もあり、インフレ対策として有効です。 ただし、募集が年1回に限られる点や購入限度額がある点には注意が必要です。
2026年解禁予定の個人向け国債との併用戦略
これまで管理組合は購入できなかった「個人向け国債」ですが、2026年度を目処に解禁される見通しです。 これが実現すれば、運用戦略の「ゲームチェンジャー」となります。
- インフレに強い:市場金利に合わせて半年ごとに利率が上がる「変動金利」。
- 最高の安全性:国が元本を保証。
- 下限金利あり:金利が下がっても0.05%は保証される。
特に「変動10年」は、世の中の金利が上がれば利息も増えるため、固定金利の「すまい・る債」にはない強力なインフレヘッジ機能を持ちます。
「二刀流」で守りと攻めを両立するポートフォリオ
専門家の間では、今後の戦略としてこれらを組み合わせた「二刀流」のポートフォリオが提唱されています。 それぞれ償還時期をずらすことで、大規模修繕の資金需要に合わせて階段状に資金化できるよう設計するのが理想です。
安定確保
(インフレ)に対応
リスク商品に頼らなくても、公的な制度を賢く組み合わせることで、
「元本を守りながら増やす」体制は作れます。
年1回の募集(例年4月〜)を逃さないよう、理事会で早めに検討スケジュールを組みましょう。
2026年の解禁に向けた法整備の動向をチェックし、解禁されたらすぐに動けるよう準備を。
待機資金は「決済用預金(全額保護)」に入れておくのが、最もコストのかからない保険です。
銀行破綻に備える預金保険制度と決済用預金の賢い活用法
全額戻ってくると思っていいのかな…。
それを超える部分は、リスク対策が必要ですよ。
最も身近で基本的な運用先である銀行預金ですが、ここにも意外と見落としがちなリスクが存在します。 それが「預金保険制度(ペイオフ)」の問題です。 万が一、預け入れている金融機関が破綻した場合、保護されるのは「1金融機関につき1預金者あたり元本1,000万円までとその利息」に限られます。
1,000万円の壁と管理組合の「善管注意義務」
マンションの修繕積立金は、規模によっては数千万円から数億円に達します。 もし、一つの銀行口座に全額をまとめて預け入れている場合、1,000万円を超える部分は保護の対象外となり、銀行が破綻すればカット(一部払い戻しされない)される可能性があります。
(カットの可能性)
1,000万円
「手続きが面倒だから」と放置して損害が出れば、
理事会の「善管注意義務違反」を問われる恐れがあります。
全額保護される「決済用預金」の3要件とは
このリスクを回避するための最も有効かつ現実的な手段が、「決済用預金」の活用です。 以下の3つの条件を満たす預金は、預金保険制度により「全額」が保護されます。
つまり、どんなに多額の資金を入れておいても、銀行が破綻した際に全額戻ってくることが保証されているのです。
利息を捨ててでも「元本確保」を選ぶ合理的理由
「利息がつかないのは損ではないか」と思われるかもしれません。 しかし、現在の普通預金の金利(0.001%程度)では、1億円預けても利息は年間わずか1,000円(税引前)にしかなりません。
そのわずかな利息のために、数千万円以上の資産を消失リスクに晒すことは、リスク管理の観点から合理的ではありません。 多くの管理組合では、日常の支払いに使う収納口座や、すぐに使う予定のない待機資金の保管先として、この決済用預金を導入しています。
一つの銀行に1,000万円以上預けていないか、通帳を確認しましょう。
銀行窓口で「決済用預金(無利息型普通預金)」への切り替えを相談しましょう。口座番号そのままで変更できる場合が多いです。
決済用預金を使わない場合は、複数の銀行に口座を分け、それぞれ1,000万円以下にする必要があります。
理事の善管注意義務を守るための資産運用細則と総会決議のポイント
怖くて動けないよ…。
個人の判断ではなく、組合のルールに従って運用すれば、理事の責任は守られます。
資産運用を実行する上で避けて通れないのが、法的な手続きとルールの整備です。 管理組合の憲法とも言える「標準管理規約」では、修繕積立金の保管・運用方法は総会の決議事項とされています。 理事会が独断で動くのではなく、しっかりとした手続きを踏むことが、自分たちを守る最大の防御策となります。
普通決議と特別決議のハードルを正しく理解する
安全な商品(預金や国債)なら過半数の賛成で済みますが、規約を変えてまでリスク商品を買うには、極めて高いハードルがあります。
もし「運用先を預貯金に限る」という規約がある場合、投資信託などを買うには3/4以上の賛成が必要です。 これは住民の合意形成において非常に高い壁であり、安易なリスクテイクを未然に防ぐ安全装置でもあります。
運用商品を限定しリスクを制御するルールの作り方
リスク管理を徹底し、理事個人の責任を守るためには、「資産運用細則」を新たに策定することが不可欠です。 具体的にどのようなルールを盛り込むべきか、ポイントを整理しました。
決済用預金、定期預金、国債、マンションすまい・る債を基本とします。格付け基準(例:A以上)を設けるのも有効です。
「1金融機関につき1,000万円まで」や「決済用預金以外は分散する」といった規定がリスクを抑えます。
「10%下落したら自動的に解約する」と決めておけば、傷口が広がる前に撤退できます。
海外居住者の未収金問題と管理規約の改正ポイント
資産運用のリスク管理と並んで、近年急速に重要性を増しているのが「区分所有者の国際化」への対応です。 海外オーナーが増えると、管理費の滞納リスクが高まります。
一度海外に行かれると、日本の法律で回収するのは困難です。
未収金は修繕計画の破綻に直結します。
管理組合としてできる自衛策は、規約を改正し、以下の条項を盛り込むことです。 早めに手を打っておかないと、事実上の「回収不能(貸倒れ)」になってしまいます。
理事会の独断を防ぐため、「何を買っていいか」「ダメか」を明文化して総会決議を取りましょう。
海外居住者には、日本国内に連絡先や代理人を置くことを義務付ける条項を追加しましょう。
口座振替ができない場合に備え、家賃保証会社のような保証サービスの利用を条件とするのも有効です。
まとめ:インフレと高経年化に勝つための「賢い守り」
「一発逆転」は狙わずに、地道に守るのが正解ってことかな。
インフレと建物の高経年化という二重の課題に対し、マンション管理組合はかつてないほど難しい舵取りを迫られています。 「何もしないリスク」と「リスクを取るリスク」の狭間で、私たちはどのような選択をすべきなのでしょうか。
高リスク投資は「地獄」への入り口
不安や焦りから高リスクな投資信託に飛びつくことは、解決策になるどころか、管理組合を内部から崩壊させる「地獄」への入り口になりかねません。 修繕積立金の運用において目指すべきは、一発逆転の利益ではなく、確実な資産保全です。
確実な資産保全のための具体的ステップ
まずは自マンションの現状を把握し、ペイオフ対策として決済用預金を活用すること。 そして、「マンションすまい・る債」や、将来解禁される「個人向け国債」といった安全性の高い公的な制度を賢く組み合わせることが重要です。
100年続く安心を作るガバナンス
さらに、ガバナンスを強化するための細則作りや規約改正を進めること。 これら地道な取り組みの積み重ねこそが、インフレによる資産の目減りから守り、100年続く安心なマンションを作るための唯一の道です。 魔法のような運用商品を探すのではなく、組合員全員でリスクと向き合い、納得できる「賢い守り」の戦略を選択してください。
👥 実践者の声
「すまい・る債」の存在を知り、総会で承認を得て移行しました。銀行に寝かせているだけだった資金が、国債並みの安全性で運用できるようになり、住民からも好評です。
ペイオフ対策として決済用預金への切り替えを提案しました。最初は「利息がつかない」と反対もありましたが、リスク説明を丁寧に行うことで満場一致で可決されました。
以前、怪しい投資話が理事会で出た時に止めてよかった。この記事を読んで、やっぱり「元本保証」が一番だと再確認しました。安心感が違います。
Q1. 銀行が破綻した場合、普通預金はいくらまで保護される?
それを超える部分は保護の対象外となり、カットされる可能性があります。
Q2. 全額保護される「決済用預金」の条件は?
利息はつきませんが、どんなに高額でも全額保護される最強のペイオフ対策です。
Q3. 現在最も推奨される安全な運用先は?
住宅金融支援機構が発行する債券で、国の保証に準ずる安全性と高めの金利が特徴です。
Q4. リスク管理のために作るべきルールは?
「元本保証商品に限る」「損切りルール」などを明文化し、理事会の独断を防ぎます。