
はじめに
コンクリートの壁に囲まれた静かなマンション。
けれどその内側で、誰にも言えぬ不安を抱えながら暮らしている高齢住民がどれほど多いことでしょう。
築40年以上のマンションが全国に115.6万戸もある現在(出典:国土交通省「マンション政策の現状と課題」)。
その数は、全体のマンションストックの中でも年々増加傾向にあり、とくに首都圏や京阪神など都市部を中心にその比率が高まっています。
一部地域ではすでに築40年超の割合が30%を超える区もあり、管理・修繕・住環境の三重苦が顕在化しているのです。
10年後にはその数が2倍を超えるとされ、多くの人が「このまま住み続けて大丈夫なのか」と心配しています。
建物の老朽化だけではありません。
理事のなり手がいない、隣人の顔も名前もわからない、修繕がいつ、どれだけ必要かも不透明。
私自身、理事会に初めて参加したとき、その空気の重たさに思わず「うっ」と息を飲みました。
誰かが動かなければ何も変わらない。
でも、自分が背負うには荷が重すぎる──そう感じる瞬間、きっとあなたにもあるのでは。
この記事では、そんな閉塞感に風を通す具体策を探ります。
実例と数値、そして経験談を交えながら、安心して住み続けられる環境づくりのヒントをお届けします。
さあ、未来を変える第一歩を一緒に踏み出しましょう。
高経年マンションの急増と広がる住民の不安
築40年以上の割合17%、2033年には2倍超へ
築40年以上の分譲マンションは、2023年時点で115.6万戸にのぼります。
これは全体の約17%に相当し、2033年には249.1万戸に達すると国交省は予測しています。
つまり、いま見えている「古いマンション問題」は、これからが本番なのです。
さらに細かく見ていくと、地域によって差があり、東京都心部や大阪市内など都市部では30年以上の物件が過半数を占めるエリアもあります。
私がかつて携わった築43年の物件でも、「そろそろ限界かもしれないな」という声が住民の間で囁かれていました。
外壁にヒビ、エレベーターの停止音が「ギィィィ」と不気味に鳴るたび、不安が心をよぎります。
とはいえ、すぐに立て直す余裕はない。
リノベーションか建替えか、住民の意見は割れ、議論は紛糾。
その結果、何も決まらないまま数年が過ぎてしまう──そんなケースは枚挙にいとまがありません。
だからこそ、長期的な見通しと対策が必要なのです。
管理組合や自治体、民間の専門家が連携し、未来を見据えた選択をすることが、いま求められています。
(出典:国土交通省「マンション政策の現状と課題」)
高齢化で理事会の担い手不足が深刻化
理事会の人材不足は、数字にも表れています。
60歳以上のみの世帯が、築40年以上のマンションでは半数以上を占めるという調査結果もあります。
「またあの人が理事を引き受けたらしいよ」
──そんな声が聞こえる現場は、一見穏やかでも内部は火花が散っています。
若い世代が少ないなかで、高齢者に負担が偏り、ついには「誰もやりたがらない」状態に陥ってしまうのです。
私自身、60代の方に「もう限界です」と泣きながら相談されたことがあります。
誰かがやらなければ進まない。
でも高齢化で体力も気力も続かない。
この矛盾が、組織をじわじわと疲弊させていきます。
一部のマンションでは、理事の担い手不足から外部管理者の導入を試みていますが、住民の理解が得られず中途半端に終わる例もあります。
たとえば交代制の理事制度や外部専門家の導入も、今後は真剣に検討すべき時期に来ています。
「役割を分け合う」ことが、全体の安心へとつながるのです。
そうした制度設計を支援する専門NPOや行政のアドバイスを活用することも、解決の糸口となるでしょう。
修繕費と構造不安が持家世帯にのしかかる
もうひとつの深刻な問題は、お金です。
高経年マンションの所有者の多くが高齢の持ち家世帯。
実際に修繕積立金が足りず、大規模修繕が延期されるケースが後を絶ちません。
「また積立金が上がるのか……」
私の担当した案件では、年金暮らしの方が管理費の支払いを滞納し、結果的に全体の工事が遅れるという事態になりました。
構造的な劣化が進む中、「まだ使えるから」と補修を先延ばしにした結果、屋上からの雨漏りが広がり、数百万円規模の追加費用が発生したのです。
お金の問題は感情に直結します。
でも、無理に進めても住民の不満が爆発する。
だからこそ、早い段階で「お金の見える化」と「合意形成」が必要なのです。
小さな綻びが、大きな破綻を生まないうちに。
補足すると、2024年現在では国交省が「マンションの長期修繕計画作成ガイドライン」および「同に関する参考資料」の改訂を行い、より現実的な積立額の算定が求められるようになりました(出典:国土交通省「長期修繕計画に関するガイドライン等」)。
ファイナンシャルプランナーや建築士のサポートを受けながら、専門的に再検討する動きも広がり始めています。
「修繕費用の将来像をどう描くか」──この視点を持てるかどうかが、管理の明暗を分けるのです。
資産価値を守る修繕計画と管理体制の整備
修繕未実施マンションの実態
古いマンションほど、修繕のタイミングが見えにくくなります。
住民の高齢化、管理体制の形骸化、資金不足……。
そのすべてが重なり、気づけば10年、15年と大規模修繕が先送りになっていることも珍しくありません。
「今はまだ大丈夫」と思っているうちに、小さな不具合が大きな損傷へと発展することも多いのです。
実際、東京都の調査では、築40年以上のマンションのうち約3割が、必要な修繕を適切な周期で実施していないという結果も出ています(出典:東京都「マンション実態調査」)。
この背景には、費用の問題だけでなく、住民間の合意形成の難しさや、管理組合のノウハウ不足もあります。
あるとき、築47年のマンションで理事をしていた方から「エレベーターの不具合が怖い」と連絡をもらいました。
確認すると、点検はされていても部品は製造中止、対応方法は曖昧なままでした。
予算の捻出も住民合意もなく、月日だけが流れていたのです。
その後、専門業者を呼び現状を可視化し、交換時期の目安や概算費用を共有したことで、少しずつ議論が動き出しました。
怖いのは、住民の間に「どうせ誰も動かない」というあきらめが広がることです。
その空気を変えるには、まず現状を正しく把握することが第一歩。
見える化されたデータと冷静な診断が、次の一手を導いてくれます。
診断結果をイラストで提示したり、写真付きで説明したりすると、納得感が大きくなります。
小さな取り組みでも「わかる」ことが合意の前提になるのです。
制度改正と積立金届出の動き
2024年、マンション管理に関する大きな制度改正が動き始めました。
国土交通省は、長期修繕計画の作成と積立金の届け出を義務化する方向で検討しています。
背景には、適切な修繕が行われないマンションの増加と、それに伴う資産価値の低下リスクがあります。
また、国の検討会では、修繕積立金の「目安額」も具体的に示すよう求める声が上がっています。
私が以前相談を受けた団地型マンションでは、修繕積立金が1戸あたり月3,000円しかなく、足りない分は借入で対応せざるを得ない状況でした。
返済のめどが立たないなか、「どうせ上がるなら、最初からきちんと計画すべきだった」と嘆く住民の声もありました。
将来の返済を見越して不安が広がり、住民の雰囲気がギスギスしていたのを今も覚えています。
義務化されることで「仕方ないよね」と受け入れられる空気が生まれることもあります。
逆に、今までのように「なんとなくやり過ごす」ことが難しくなる時代になったともいえます。
ルールが変わる今こそ、自分たちの計画を棚卸しするタイミングです。
専門家の支援を受けつつ、現実に即した積立額と修繕周期を再構築していく。
それが、住民同士の信頼回復と将来への安心につながるのです。
(出典:国土交通省「マンションの管理の適正化に関する制度改正」)
理事会の可視化で住民の信頼と参加を促す
理事会って、何をしているかわからない──。
そんな声、あなたのマンションでも聞いたことがあるのではないでしょうか。
実際、多くのマンションで議事録が回覧されず、活動の内容が見えないままになっています。
その結果、「よく知らない人が勝手に決めている」と感じて不信感を募らせる住民も出てきます。
私がかつて携わった管理組合では、説明会を年1回実施するだけで、総会の出席率が3割から7割に跳ね上がりました。
説明の中身は、派手なプレゼンではなく、A4用紙にまとめた「いま何が問題で、何を決めたか」という簡単な資料でした。
意外と皆、「知りたい」「関わりたい」と思っているんですよね。
掲示板やLINE、回覧板などツールはさまざま。
理事会だよりを月に1回配るだけでも、ぐっと空気が変わります。
理事会のメンバーが「こんにちは」と挨拶するだけで、ぐっと近づいた感じがすると言われたこともあります。
「見える化」は、専門的な用語ではありません。
でも、日常の中でできることを少しずつ増やすだけで、参加の心理的ハードルは確実に下がっていきます。
情報共有が進むと、「あの件どうなった?」という自然な会話が増えてきます。
遠回りのようで、それが最短の信頼構築なのです。
交流と安心を育てる住環境と仕組みづくり
掲示板・LINE活用で日常の安心感を共有
「最近見かけないけど、大丈夫かな?」
そんなささやきが生まれるかどうかは、日々のつながりの有無にかかっています。
とくに高経年マンションでは、日常のコミュニケーション不足が孤立の原因になりがちです。
その打開策として、アナログとデジタルを組み合わせた情報共有が効果的です。
例えば、掲示板に「今週のひとこと」や「近所のお店紹介」を張り出すだけで、住民同士の会話のきっかけになります。
私が管理支援したある団地では、「今日は雨、気をつけて」という貼り紙が玄関に毎朝更新されていました。
ちょっとした優しさが、ふわっとあたたかさを運んでくれるのです。
さらに、最近ではマンション専用のLINEグループを運営する事例も増えています。
ゴミの日のリマインド、落とし物の情報、簡単なお願い──。
日常の細かなやりとりが共有されることで、住民の距離はぐっと縮まります。
総務省の調査でも、スマートフォン利用者のうち60代で約9割、70代でも約8割がLINEを使っているというデータがあります(出典:総務省「令和5年 通信利用動向調査」)。
使いやすいツールで、誰もが参加しやすい環境をつくる。
そんな工夫が、マンションの空気をやわらかく変えていくのです。
季節イベントで住民のつながりを自然に育む
「イベントって、やる意味あるの?」
そう感じる人もいます。
けれど実際には、季節に沿った行事は、住民の交流を育てる絶好のきっかけになります。
春の花見、夏の縁日、秋のマルシェ、冬のクリスマス飾り──。
内容が特別でなくても、準備や片付けを通じて自然と会話が生まれます。
私が見たあるマンションでは、エントランスに小さな七夕の笹が置かれていました。
短冊には「腰痛なおれ」「孫に会いたい」なんて書かれていて、微笑ましくなります。
誰かが書くと、誰かが読んで返す。
そうやって、無理なく心が動くのです。
「正直、知らない人と話すのは苦手」
──そんな方にも、イベントは緩やかな橋渡しになります。
強制感なく参加できる仕組みがあれば、世代を超えたつながりも自然と育ちます。
イベントの企画も、理事だけで抱え込む必要はありません。
子育て世代、高齢者、単身者など、それぞれが得意なことを持ち寄れば、形は自由に広がっていきます。
楽しさの先に、「ここにいてもいいんだ」と思える実感が待っているのです。
バリアフリーと見守りで高齢者の孤立を防止
「階段がつらくて、もう外に出ていない」
そんな声を、高経年マンションではたびたび耳にします。
エレベーターのない中層階、手すりのない通路、薄暗いエントランス……。
身体の衰えとともに、生活圏はどんどん狭くなっていきます。
けれど、そのままにしておくと、社会との接点は急速に失われてしまいます。
だからこそ、物理的なバリアフリー整備と、心理的な見守り体制の両方が必要なのです。
ある団地では、住民アンケートをもとに共用階段に手すりを設置し、夜間照明を増やしました。
「外に出るのが少し楽になった」と話す高齢者の笑顔が忘れられません。
さらに、週1回の「ちょっと声かけ隊」がスタート。
「最近見ないな」と気づける目があるだけで、孤立はぐっと防げます。
見守りといっても、何か特別なことをする必要はありません。
郵便受けの新聞が数日分たまっていたら「どうしましたか?」と聞いてみる。
顔を合わせたら、「お元気ですか?」とひとこと添える。
そうした日常の積み重ねが、命を守るネットワークになるのです。
高齢者にとって安心できる住まいは、誰にとっても心地よい空間になります。
やさしさが循環する住環境を、みんなで手にしていきましょう。
まとめ
高経年マンションに暮らすということは、時とともに変わる不安と向き合うことでもあります。
建物の老朽化、住民の高齢化、管理組合の疲弊、資金不足、そして孤立。
どれも一筋縄ではいかない課題ばかりです。
けれど、動かなければ何も変わらない──それもまた事実です。
現状を「見える化」し、住民同士がつながる仕組みを整えることで、未来は少しずつ開かれていきます。
たとえば、修繕計画を整理し、積立金の妥当性を確認すること。
理事会の活動を共有し、誰でも関われる空気をつくること。
イベントや見守りの工夫で、「ここにいていい」と思える空間を育てること。
それぞれは小さな一歩かもしれません。
でも、その一歩が住民の信頼を育て、マンション全体の価値を高めていくのです。
私がこれまでに見てきた中でも、変化が生まれる瞬間には必ず「誰かの声」がありました。
「やってみよう」と思ったその人が、空気を少し動かしたのです。
あなたの声が、そのきっかけになるかもしれません。
今からでも遅くはありません。
目を背けず、少しずつでも前へ。
安心して暮らせるマンションは、みんなで築くものです。
今日から始める準備が、10年後の笑顔につながっていきます。